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追悼:川上律子先生

2025.08.01
お悲しみ

思い出の川上先生。2010年に開催された高校28回の学年会にて。撮影場所は世田谷キャンパス大会議室

昨年8月に天に召された川上律子先生を偲び、内藤美佐子先生に『ランターン42号』へご寄稿いただきました。先生への温かい思いが込められた原稿は、誌面の都合により全文を掲載することができませんでしたので、こちらにて全文をご紹介いたします。

 

三角定規の川上律子先生とのお別れ


元中学・高等学校数学科教員 内藤美佐子(高校12)

 

川上律子先生は、2024年8月にあのお手製の素敵なステッキを持って天国へ逝かれてしまいました。長年にわたり恵泉女学園の中学生の教育に全力を捧げてくださったことに感謝の気持ちでいっぱいです。私は、数学科の仲間として、川上先生、山科(止顧)先生と3人で様々なことを相談しながら、生徒たちが楽しく数学を学べるように工夫したことがなつかしいです。

また、たくさんの思い出があるのは、とりわけ生徒の生活指導をなさる時のお姿です。たくさんの生徒との姿を思い出しております。白髪のない黒い髪を後ろに束ねてピンでとめられて、大きな三角定規を抱えて教室に入られるお姿が今も目に浮かびます。ある生徒が、その光景を漫画にかいて「秘密だよ」と見せてくれたことを思い出します。生徒指導は、きびしいと定評がありましたが、生徒たちには不思議と人気のある先生でした。

信和会の担当をされていた時、初めて会計担当をすることになった生徒との間で、
「領収書は?」「捨てました」「探しなさい」・・・。
下校時間も過ぎ、暗くなっても見つからない生徒。最後に大きな焼却炉で探してようやく見つかったのでした。先生からは、生徒たちの自宅に帰宅の遅くなる理由の電話がありました。その生徒は、領収書の大切さを知り、今では立派に仕事の運営をしています。

恵泉デーの前日、職員室の隣のクラスで、生徒たちが、装飾のための釘打ちしているのを律子先生がみて、「そんな釘に曲がっていてはだめ」と釘を抜いて、きれいに打ち直されました。生徒たちからは、私たちがせっかく打った釘が抜かれたー と強い不満の声があがりました。しかし、きれいに仕上がったおかげでそのクラスの展示は好評でした。曲がった釘では、危ない。釘はまっすぐ打つと教えられた日でした。

掃除時間、「りっちゃん(律子先生)が来るよー」 さあ大変、生徒たちは、三角巾、エプロンと箒を手に定位置について、一生賢明に掃除している格好をとります。その彼女達もいまは、家庭できれいに掃除をしているようです。

退職後は、富士見高原の麓に著名な建築家に建てていただいたユニークな山荘で過ごされることが増えました。目の前に広がる南アルプスを眺めながら、先生の学生時代の4人とともにふるい足踏みオルガンを弾きながら、たくさんの讃美歌をうたい、聖書を読み、85歳になられるまで電車でこられて、近くに住む私がお訪ねすることを喜んでいらっしゃいました。

いつも細かくメモをとられて、沢山の恵泉の記録を残してくださいました。百年史作成にとても役にたっています。

また系図を細かくお調べになることが、お得意で市販の系図よりずっと綿密でした。まだまだ律子先生には、やりたかった事があったのでしょうが、続きは天国でなさっておられるのかもしれません。

律子先生は、教科指導の面はもとより、生活の様々なことについても教えてくださったことがたくさんありました。心より感謝しますとともに深い追悼の思いをお捧げいたします。

 

 

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